月夜

侍従の君は八月十日あまりの頃、所用があって京都・白河のあたりに滞在した。

ある夜、月があまりに美しいので散歩に出かけた。

すると、どこからか風にのって、撥音気高く琵琶の調べが聴こえてくる。


音に魅かれ、歩いていくと、由緒ありげな邸の前に着いた。

内からは雅楽の「秋風楽(しょうふうらく)」の曲が響いている。


尋陽(しんよう)に左遷された白楽天が、月夜に琵琶の音を聴いたという

故事そのままの、ゆかしい気分にひたる侍従の君。

琵琶の主はどんな人かと心魅かれて、隙間からのぞき見ていると

門から十三、四歳ばかりの少年が出てきた。



月夜2

少年は、うさん臭げに侍従の君を見上げる。

「この琵琶は、いかなるお人がひいておられるのでしょうか」

侍従の君の問いにも、笑うばかりで返事もしない。


侍従の君は、熱心に問い続ける。

少年は根負けし、しぶしぶ答えた。

「この邸は、奈良の民部卿得業(みんぶのきょう とくごう)と申されるお人の宿所。

琵琶をひいておられるのは、その若君さまです。」



琵琶の主

なんと趣深いことだと感動した侍従の君は、さらに問う。

「さても若君の御歳は、いくつであられるのでしょうか?

奈良では、いかなるお人の御弟子でいらっしゃるのですか?」


・・・どうして、そこまで熱心に聞いてくるのだろうと、少年は不審に思いつつも

「御歳は十四、五歳でしょうか。奈良は東南院の僧都とおっしゃる方に仕えておいでです。」

と答えた。

なおも尋ねようと、にじり寄る侍従の君。 

うす気味悪くなった少年は

「白河の関守は厳しいのが習いですよ」

と言って、門の中へ入ってしまった。


侍従の君は力及ばず、その場にしばらく立ちつくしていたけれども

夜もずいぶん更けてきたので

「この若君の元へ通える方法があればよいのに・・・」

と名残惜しい気持ちを抱きながら、邸をあとにした。




前へ 前へ          次へ 次へ